昨日のことですが、会議があり、円卓に座っていましたが、
遅れた人がいて、わたしの後ろを通った際に躓いて、
彼の腕がかつらをすった。ワンタッチではやばい瞬間。
外れないにしても、感じとしては、ずれたでしょう。
編みこみはなんとも無い。気にせずに会議は進行。
前回、編みこみ方式は2,3日痛いという話をしました。
ではその後の感触はどうか
外れる事は無いだろうという安心感はあります。
しかし、編みこみ部分は触ると明らかに分かる。
ワンタッチ式よりは着けているなーと実感する。
ワンタッチ式は着けていることを忘れるが、
編みこみは痛いせいもあるが、忘れない。
他人(かつらであることを知っている人)からは何の反応もなし。
他人から見ると、ワンタッチでも編みこみでも分からない。
他人から見れば所詮、かつらはかつら。
1度かつらだと分かれば後は大して関心が無くなる。
かつらかどうかが問題。
後の関心事は他の人が私のかつらが分かるかどうか。
他の人が、「あの人かつらかなー」といえば、そうだと言う。
分からないと、謎かけをして、教える。
「あの人どう」「どうって」「なんか分からない」「なに?」
「あたま」「え、あたま?」「あ・た・ま」「あ・た・ま ねー----」
「かつらなんだよ」「え、ホント!」
この会話が繰りかえされ、役者を変えて、ねずみ算式に増えてゆく。
これで一気に広まる。
私の知らない人までが初対面でしみじみ頭を見る。
失礼な奴だなと思っていると、端のほうでニヤーと笑う奴がいる。
そいつが教えたなー。とわかる。
わざわざ自分から言うことでもないので構わない。
別に隠しているわけでもないが、敢えて自ら語ることでもない。
かつら伝播のプロセスです。
書いているうちにテーマが変ってしまいました。
次回はかつらを変えたことを書きたいと思いますが
さてどうなるか、